大野充彦『龍馬の小箱』(7)
新撰組血風録


歳は取りたくないものです。歯磨きを怠っていると、すぐに歯茎が腫れます。私は生来、不精者で、なおかつ臆病者ですから、歯医者さんに行く気が起こらず、何日も放置していました。天罰覿面(てんばつてきめん)、ついに歯が何本もグラグラしはじめました。たまりかねて先日、歯医者さんに行ったのですが、私が歴史の勉強をしていることをご存じの先生は、「新選組血風録」のDVDをプレゼントしてくれました。私はその日から3日間で全巻を観ました。

歯医者さんのご好意で観ることができた「新選組血風録」は、昭和40年(1965)7月からNET(当時の日本教育テレビ、現在のテレビ朝日)で放映された連続TV時代劇です。もちろん、モノクロです。司馬遼太郎(しばりょうたろう)の原作が東映によってテレビドラマ化されたものです。

司馬遼太郎は当初、テレビドラマ化に難色を示していたらしいのですが、プロデューサーが土方歳三(ひじかたとしぞう)に扮した栗塚旭を連れて挨拶に赴いたら、栗塚の風貌に惚れ込み、ドラマ化を許したそうです。私は、この有名なエピソードを信じます。栗塚旭のニヒルな演技は最高でした。最高と言えば、島田順司や左右田一平の演技も実によかったと思います。

アクトランドの「龍馬歴史館」にも新選組の小コーナーがありますので、新選組の幹部名を紹介しておきましょう。

  • 局長    近藤勇
  • 副長    土方歳三
  • 1番隊長  沖田総司
  • 2番隊長  永倉新八
  • 3番隊長  齋籐一
  • 4番隊長  松原忠司
  • 5番隊長  武田観柳齋
  • 6番隊長  井上源三郎
  • 7番隊長  谷三十郞
  • 8番隊長  藤堂平助
  • 9番隊長  鈴木三樹三郎
  • 10番隊長  原田左之助

左右田一平が演じた齋籐一(さいとうはじめ)は明治まで生き残ります。浅田次郎の小説が映画化された「壬生義士伝」(松竹映画)では佐藤浩市が好演していました。他の多くの幹部は戊辰戦争で死にます。たとえば、井上源三郎は鳥羽伏見の戦いで、敵の銃撃のため戦死します。近藤勇は処刑されます。土方歳三は函館戦争で戦死します。

「新選組血風録」がテレビ放映された昭和40年(1965)は、東京オリンピックの翌年です。私には司馬遼太郎を論じる資格がありませんが、彼の一連の作品(特に、幕末維新を背景とした作品)と、日本経済の高度成長には密接な関連があるような気がします。多作だった司馬遼太郎の執筆意図を一言で断定することはできません。ただ、彼のファンの多くは、戦後復興を成し遂げた段階で、彼の作品に導かれながら、戦前の日本人の心情に想いを馳せたのではないでしょうか。

司馬遼太郎は右翼陣営の人ではありません。しかし、明治維新が「絶対主義革命」であったかどうか、そういった歴史学の議論があることを承知の上で、実に「おおらかに」(概念規定を超越して)歴史を描きました。司馬文学には日本の近代化の礎になった人々に対する畏敬の念が貫かれていた気がします。彼の頭の中には、勤王も佐幕もなかったはずです。近代を培った人々すべてに等しく敬意を表した作家だったと思います。新選組にも坂本龍馬にも同じような関心を向け、その「死に様」に近代を導いた真情を汲み取ろうとしたのです。

「新選組血風録」は、土方歳三というナンバー2の人物に着目し、人を組織化する情熱と、その組織に殉じた潔さが強調されています。近代化が遅れた日本は、かなり無理をしました。第2次世界大戦では敗戦国になり、日本人は自信を失いました。しかし、多くの日本人は「企業戦士」となり、戦前以上の国力を勝ち得ました。そんな段階の日本だったからこそ、司馬遼太郎の作品は好評を博したのでしょう。天下国家を論じることより、個人のささやかな幸せを大切に考えるようになった平成の時代。人々は藤沢周平の世界に魅せられていきます。